なぜ日本だけが不登校35万人超なのか——海外には「不登校」という言葉さえ存在しない理由
ホフステード理論が明かす、日本の教育システムに潜む「文化の罠」
過去最多35万人——12年連続で増え続ける不登校
文部科学省が2025年10月31日に公表した「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」によれば、2024年度に全国の小中学校で30日以上学校を欠席した「不登校」の児童生徒は、34万6,482人に達した。前年度から4万7,434人(15.9%)増え、11年連続で過去最多を更新している。
10年前と比較すると、小学生は約5.5倍、中学生は約2.2倍に急増した。中学校では、生徒の5.00%、つまり20人に1人が不登校状態にある。1クラスに1〜2人が学校に通えない状況だ。
さらに注目すべきは、90日以上欠席している児童生徒が19万1,958人で、不登校全体の55.0%を占めることである。半数以上が長期的に学校に通えない状態にある。
文科省調査によると、不登校児童生徒について学校側が把握した事実として最も多かったのは、「学校生活に対してやる気が出ない等の相談があった」(32.2%)、「不安・抑うつの相談があった」(23.1%)、「生活リズムの不調に関する相談があった」(23.0%)である。
しかし、ここで根本的な疑問が生じる。なぜ、日本の子どもたちは、これほどまでに「学校」という場所に「無気力」や「不安」を感じるのか?
海外には「不登校」という概念が存在しない
実は、日本で使われる「不登校」という言葉は、英語に直訳できない。英語で「不登校」に近い言葉として「truancy(トゥルーアンシー)」という単語があるが、これは「無断欠席」「怠学」を意味し、反社会的な行動を指す。つまり、親が知らないうちに学校をサボったり、非行に走ったりする子どもを指すのである。
日本の不登校の多くは、本人も保護者も「学校に行けない」ことに苦しんでおり、truancyとは全く異なる状況である。英語圏では、「school refusal(学校拒否)」という言葉もあるが、これは心理的な理由で登校できない状態を指し、医療・福祉の専門用語として使われる。
では、アメリカやヨーロッパでは、「学校に行かない子ども」は存在しないのか。答えはノーである。しかし、そもそもの「学校」に対する考え方が、日本とは根本的に異なるのだ。
アメリカでは約6%、イギリスでは140%増のホームスクーリング人口
ジョンズ・ホプキンス大学教育学部の「ホームスクール・ハブ」によると、2024〜2025年度の学年度において、米国全体のホームスクーリング人口は平均5.4%に達した。これは、全米の児童生徒の約370万人に相当する。2023-2024年度と比較して4.9%増加しており、コロナ禍以降も継続的に増加傾向にある。
イギリスでも状況は同様である。2023年時点で推定12万5,000〜18万人の子どもがホームスクーリングを受けており、2015年から2023年の間に最大140%増加した。
つまり、アメリカやイギリスでは、「学校に行かない」ことは「不登校」という問題ではなく、「学びの選択肢の一つ」として社会的に認められているのである。オランダやフィンランドなどでも、ホームスクーリングや、学校と自宅学習を組み合わせる「ハイブリッド・スクーリング」が一般的だ。
ホフステード理論が明かす日本の文化的特異性
なぜ日本だけが、これほどまでに「不登校」という問題に苦しんでいるのか。その答えを解く鍵が、オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード氏が提唱した「文化次元理論」にある。
ホフステード氏は45年間にわたり、世界76カ国の文化を研究し、6つの指標(文化次元)で各国の文化的特徴をスコア化した。その研究成果は、『多文化世界——違いを学び共存への道を探る』(原著第3版、有斐閣)などで発表されている。
ホフステードの6次元モデルは以下の通りである。
- 権力格差(階層主義 vs 平等主義)
- 個人主義 vs 集団主義
- 男性度(達成志向) vs 女性度(生活の質志向)
- 不確実性回避 vs 曖昧さ許容
- 長期志向 vs 短期志向
- 人生を楽しむ vs 抑制志向
この6つの次元を組み合わせると、世界の国々はいくつかの「文化クラスター(文化圏)」に分類される。そして、驚くべきことに、日本は「1国で独自の文化圏を形成」しているのである。
「達成志向」と「不確実性回避」の極端な高さ
ホフステードのデータによれば、日本は以下の2つの次元で、世界でも極めて高いスコアを記録している。
1. 男性度(達成志向):95点(アメリカ62点、フィンランド26点)
→ 競争、成功、業績を重視。「勝つこと」「優秀であること」が価値とされる。
2. 不確実性回避:92点(アメリカ46点、イギリス35点)
→ 曖昧さや変化を嫌い、ルールや秩序を重視。「決まったやり方」「正解」を求める。
この2つのスコアの高さが、日本の教育システムに以下のような特徴をもたらしている。
達成志向が生み出す「競争主義」
- 偏差値による学校のランク付け
- テストの点数で評価される文化
- 「良い学校→良い会社→幸せな人生」という固定観念
不確実性回避が生み出す「画一性」
- 全員が同じ時間に、同じ内容を、同じペースで学ぶ
- 厳格な校則(髪型、服装、持ち物の制限)
- 「みんなと同じ」であることを求める同調圧力
「学校集団主義」が子どもたちを追い詰める
早稲田大学の藤原雅充氏は論文「日本人と『集団主義』」(2018年)で、日本の学校における「学校集団主義」が、不登校の一因となっていると指摘している。
同志社大学政策学部教授の太田肇氏は、著書『同調圧力の正体』(PHP新書、2021年)で、日本の学校における同調圧力のメカニズムを詳細に分析している。太田氏は、「日本の学校には、子どもを枠にはめ、はみ出しを許さない風潮が根強く残る」と指摘し、「厳しいルールの下では、子どもたちは創造性を失い、息苦しさを感じる」と警鐘を鳴らす。
実際、日本の教室では、以下のような「同調圧力」が日常的に働いている。
- 「空気を読む」ことの強要
- 「目立たないこと」の美徳(「出る杭は打たれる」文化)
- 「みんなで同じことをする」ことの重視
- 「正解は一つ」という教育
これらの環境は、多くの子どもにとって「安心できる場所」であると同時に、感受性の高い子ども、個性的な子ども、マイペースな子どもにとっては、極めて「息苦しい場所」となる。
HSC(ひといちばい敏感な子)の視点から
十勝むつみのクリニック院長で児童精神科医の長沼睦雄氏は、著書『子どもの敏感さに困ったら読む本』(誠文堂新光社、2017年)で、不登校児童の約半数がHSC(Highly Sensitive Child:ひといちばい敏感な子)の特性を持つ可能性を指摘している。
HSCとは、アメリカの心理学者エレイン・N・アーロン博士が提唱した概念で、「環境感受性が高く、刺激に敏感な子ども」を指す。長沼氏によれば、「敏感さの問題で来院する親子は、不登園、不登校の悩みを抱えているケースが多い」という。
日本の学校環境——大人数のクラス、騒がしい教室、厳格なルール、同調圧力——は、HSCの子どもにとって過剰な刺激となり、心身の不調を引き起こす可能性がある。長沼氏は、「まずは安心できる環境を整えることが重要」と述べている。
「6・3・3制」という80年前のシステムの限界
さらに、日本の教育システムの根幹にある「6・3・3制」も、大きな問題である。この「小学校6年、中学校3年、高校3年」という仕組みは、1946年、GHQの要請で日米の教育専門家によって定められた。
それから80年近くが経った今も、このシステムはほとんど変わっていない。全員が同じレールを走り、同じスピードで進むことを前提としたシステムは、強い同調圧力を生み出し、決められた環境が合わない子どもたちを追い詰めている。
東洋経済オンライン(2024年)の記事「12年連続で不登校が増える日本、小・中・高の教育システムがもはや限界」では、「個性や発達時期の異なる子どもたちを、画一的な6・3・3の枠組みの中で競わせ、偏差値によって階層化された学校へ送り出すことが、果たして子どもにとっていいのか」という疑問が提起されている。
海外では「学びの多様性」が当たり前
では、海外の教育システムは、日本と何が違うのか。
フィンランド:「正解は一つじゃない」を大切にする教育
フィンランドは、世界一教育格差のない国として知られる。95%以上が公立校で、すべての学校の教育水準がほぼ均一である。フィンランドの教育の特徴は、「個々の児童生徒が必要とするものと学習状況に合うように、柔軟な指導を行う」ことだ。
オランダ:「世界一幸福な子どもを育む」イエナプラン教育
オランダでは、「イエナプラン教育」が広く普及している。これは、異なる年齢の子どもたちが一緒に学ぶ「異年齢学級」や、対話・遊び・仕事(学習)・催しの4つの活動を循環させる教育法である。
アメリカ:「アンスクーリング運動」から生まれたホームスクーリング
アメリカのホームスクーリングは、1970年代の「アンスクーリング運動」から始まった。教育理論家ジョン・ホルト氏は、「学校の暗記型教育は、子どもを従順な従業員に育て上げることを目的としており、それが抑圧的な教室環境を作り出している」と主張した。
ホームスクーリングの課題——経済格差という新たな問題
ただし、ホームスクーリングにも課題がある。イギリスの事例では、経済的影響が指摘されている。基本的にホームスクーリングにかかる費用は自己負担となり、学習の質が教材やリソースの確保、保護者の関与など、様々な要素に左右される。
自己学習による平均費用は年間推定1,000〜8,000ポンド(約19万〜153万円)。オンライン・スクールや家庭教師を利用する場合は、さらに高額になる。つまり、経済的に余裕のある家庭の子どもだけに許された選択肢となるリスクがある。
また、社交性の発達や、対面コミュニケーション能力の育成という課題も指摘されている。
日本でも少しずつ変化が始まっている
しかし、希望もある。文部科学省は2021年、「令和の日本型学校教育」を答申し、「多様な学びの場」の必要性を認めた。不登校特例校(現在は「学びの多様化学校」と改称)の全国展開や、フリースクールの支援強化が進められている。
また、不登校児童・生徒が自宅でオンライン学習をした場合、一定の条件を満たせば「出席扱い」となる制度も整備されつつある。文科省調査によれば、2024年度には3万8,632人がこの制度を利用した。
民間でも、フリースクールやオンライン学習支援など、新しい学びの場が増えている。不登校ポータルサイトを運営する企業や、体験型の学習機会を提供する団体など、学校以外の選択肢が徐々に広がっている。
「不登校」は問題ではなく、「新しい学びの形」への第一歩
日本の不登校35万人という数字は、決して「子どもたちの怠け」や「親の育て方の失敗」を示すものではない。それは、日本の文化的特異性と、80年前から変わらない教育システムが、現代の子どもたちに合わなくなっていることを示すサインである。
ホフステード理論が示すように、日本は「達成志向」と「不確実性回避」が極端に高い、世界でも特異な文化を持つ。その文化が生み出した教育システムが、画一性と競争主義を強め、多様な子どもたちを追い詰めている。
海外では、「学校に行かないこと」は「問題」ではなく、「学びの選択肢の一つ」として認められている。日本でも、少しずつ変化が始まっている。
不登校は、失敗ではない。新しい学びの形を探す、第一歩なのである。
参考文献・データ
- 文部科学省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」(2025年10月31日公表)
- ヘールト・ホフステード、ヘールト・ヤン・ホフステード、ミハイル・ミンコフ『多文化世界——違いを学び共存への道を探る』(原著第3版、有斐閣、2013年)
- 藤原雅充「日本人と『集団主義』」早稲田大学、2018年
- 太田肇『同調圧力の正体』PHP新書、2021年
- 長沼睦雄『子どもの敏感さに困ったら読む本』誠文堂新光社、2017年
- ジョンズ・ホプキンス大学教育学部「ホームスクール・ハブ」調査(2024-2025年度)
- Teachers to Your Home “Facts about homeschooling in the UK” (2023)
- 東洋経済オンライン「12年連続で不登校が増える日本、小・中・高の教育システムがもはや限界」(2024年)
