NEW TERM SERIES: Vol.8 / SELF-DETERMINATION
【連載:新学期と不登校】
4月のカレンダーが開くとき、社会は一斉に「新しい始まり」を祝います。しかし、その光の中で立ち止まり、教室という「型」に違和感を抱く子どもたち、そしてその傍らで不安に揺れる親御さんがいます。
不登校は、決して挫折ではありません。それは、不適合な環境から自らの心と命を守るために敢行した、能動的な「学校からの脱出」であり、自分らしい学びを再構築するための「調律(チューニング)」の期間です。本連載では、既存の教育観から親子をアンロック(解放)し、新しい学びのカタチを共に見つけるための視点を、多角的な分析と共にお届けします。
「褒めない」教育が育む、自己決定の力
——評価の依存から脱却し、心の主権を取り戻す
「よく頑張ったね」「すごいね」。私たちが良かれと思って口にする褒め言葉が、時に子どもの足を止めてしまうことがあります。不登校という時間を、真の自立へ繋げるために必要なのは「称賛」ではなく「信頼」です。
■ 褒め言葉は「評価」という名の鎖
「褒める」という行為には、無意識のうちに「評価する側」と「評価される側」という上下関係が含まれています。子どもが「親に褒められること」を基準に行動し始めると、それは自分の心の声ではなく、他者の期待という「外部の物差し」に依存することを意味します。
学校というシステムは、まさにこの評価依存によって成り立っています。テストの点数、出席日数、態度の良し悪し。不登校になる子どもの多くは、この過剰な評価システムに疲れ果て、自分自身で考えて決める力を失ってしまった状態にあります。ここで親までもが「褒める(=評価する)」という関わりを続けてしまうと、子どもはいつまでも「誰かの正解」を探し続け、自分の足で立つことができなくなります。
■ 「褒める」から「驚く・喜ぶ」へ
安易な褒め言葉を手放す代わりに、私たちが提案したいのは「共感的なリアクション」です。
子どもが何かを作ったとき、あるいは自発的に何かを始めたとき。「すごいね(評価)」ではなく、「そんな風に考えたんだ!(驚き)」や「あなたが楽しそうで、私も嬉しい(喜び)」と伝えてみてください。
評価ではなく、ただ「事実を認める(承認)」こと。それだけで、子どもは「ありのままの自分でいいんだ」という安心感を得ることができます。この安心感こそが、他者の目を気にせずに自分の道を選ぶ「自己決定力」の土台となります。
■ 失敗する権利を保障する
評価をしないということは、同時に「失敗しても価値が下がらない」ことを保障することでもあります。
「学校に行かない」という選択をした子どもたちは、今、自分なりの人生の実験をしています。その過程で、昼夜が逆転したり、何週間もお風呂に入ることをやめたり、何かに熱中しては飽きたりすることもあるでしょう。
それらを「ダメなこと」とジャッジせず、一つのプロセスとして見守る。親が評価という色眼鏡を外したとき、子どもは初めて、自分の失敗から学び、自分の責任で次のステップを選ぶ勇気を持ち始めます。
不登校は、誰かに褒められたり評価されるための時間ではありません。自分自身を納得させるための、かけがえのない探究の時間なのです。
■ 主権は子どもの手の中に
新学期のプレッシャーの中で、親にできる最大のギフト。それは「あなたの人生のハンドルは、あなたが握っていい」と態度で示すことです。
褒めて動かすのではなく、信じて待つ。他者からの評価を気にせず、子どもが自分自身の内なる声に従って一歩を踏み出すとき、その一歩は、誰に強制されたものよりも力強いものとなるでしょう。
Unschool. Unlock.
